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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)7760号 判決 1963年5月25日

原告 大橋武雄

右訴訟代理人弁護士 大里一郎

被告 田口甚太郎

右訴訟代理人弁護士 水谷昭

同 岡村了一

同 酒井什

同 大橋正爾

主文

被告は原告に対し東京都北区赤羽町二丁目五二七番の二宅地二九坪六合及び同町同番の三宅地三六坪を合筆のうえ内五〇坪(表間口六間、奥行北側八間、同南側一二間半。別紙図面参照)を分筆しこれにつき所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

(請求原因の訂正に対する異議について)

被告は原告の請求原因に関する陳述の変更をもつて自白の撤回もしくは訴の変更であるとし、その効力を争うけれども、原告の右陳述は本件土地の所有権の取得原因を昭和二一年二月一三日の売買予約の完結から昭和二三年七月一〇日の売買契約に変更する趣旨であつて、訴訟物たる登記請求権(登記簿上の表示と実体上の権利の帰属の不一致から生ずるものと解する)の同一性はこれによつて害われるものではないから右陳述の変更はいわゆる請求を理由あらしめる事実について新な主張を追加し、従前の主張を撤回する二箇の訴訟行為の複合にほかならず、これを訴の変更と目する被告の主張は採用できない。ところで右のような請求を理由あらしめる事実の主張といえども他面では被告の主張についての先行自白となる場合があることはいうまでもなく、本件においても、被告の予約完結権の時効により消滅の抗弁のうち消滅時効の起算点に関しては斯る自白(一部自白)が成立しているものと解されるけれども請求を理由あらしめる事実の主張の変更が同時に自白の撤回に該るからといつて直ちに被告のいうように自白の撤回と同一の要件に服させねばならない根拠に乏しく、かえつて請求原因の変更については民事訴訟法第二三二条一項本文但書の要件以外には格別の制約を設けていないことに鑑みれば少くとも現行法は請求を理由あらしめる事実の主張の変更についても請求原因の変更と同様に訴訟遅延防止の観点からの制約以外には格別の制約を課していないものと解するのが相当である。

また被告は原告の主張の変更に対し民事訴訟法第二三二条一項但書を理由とする異議を申し立てるところ、本件はいわゆる訴の変更ではないけれど、攻撃防禦の一態様に他ならず、且つ被告の右異議は当然に同法第一三九条による異議を包含するものと解すべきものではあるが、本件の審理の経過に鑑みれば原告の陳述の変更をもつて未だ時機に遅れたものと云うに至らないから結局この点に関する被告の異議はいずれも理由がない。(なお被告の考えるように本件を訴の変更とみても未だ著しく訴訟手続を遅滞せしむべき場合に該らない。)

よつて訂正後の請求原因につき判断する。

(売買契約の存否)

成立に争いない甲第三、四号証によれば原告先代は被告先代から本件土地を訂正前の請求原因一(一)のような条件で買い受ける旨の記載があり、その日付は「昭和二一年二月一三日」と記載されていることが認められるところ、原告は右日付は、訂正後の請求原因一のような理由で遡及させたものであり、実際は昭和二三年七月一〇日頃予約ではない売買契約が成立したものであると主張し、被告はこれを否認する。しかしながら成立に争いがない乙第一、二号証によれば原告先代が被告先代に対し罹災建物の借主として罹災都市借地借家臨時処理法第二条に基き本件土地のうち二〇坪につき優先借地権設定の申し入の内容証明郵便を発したのは昭和二三年三月二七日であり、これに対する被告先代の申込拒絶の回答を発したのは同年六月一日であることが認定でき(これに反する証拠はない)右申入及び回答の各文書からは右当事者間で本件土地五〇坪について売買もしくは売買予約等の話合が当時なされていた形跡は全く窺えないから、右当事者間で本件土地の取引の話は、右優先賃借権設定の申し入が拒絶されてから始つたものと推認するのが妥当であり、前掲甲第三、四号証はその記載の日時にそのような契約が成立した証左とするに至らないし、成立に争いない甲第五、六号証の各一も未だ右認定を覆すに至らない。

右の事実及び証人増田清澄(第一、二回)の証言≪中略≫を総合すると、被告先代は本件土地上に存在していた建物を原告先代に賃貸していたところ昭和一九年五月末の第三次強制疎開地に指定され右建物は取り毀しになり終戦後の昭和二一年四月二〇日右疎開地の指定は解除されたが引き続き昭和二三年三月末日までは東京都が右疎開跡を借り上げておりその間に東京都には断りなく右土地上に若干のバラツクが建築されていたこと、本件土地は登記簿上二筆合計六五坪六合あるところ、当時土木建築請負業を営んでいた訴外増田清澄は訴外柴田嘉十郎の店舗兼居宅一棟建坪六坪を新築する敷地としてそのうち一五坪を被告先代から借り受けてやつたこと、右建物の建築許可申請書が所管庁へ提出された日付から推して右一五坪の借地の交渉はこれと前後するものと見るのが妥当であること、この一五坪を除く残五〇坪強について増田清澄は当時被告先代から適当な買主の紹介を依頼されていたので二、三の者を打診した後原告の姉大橋てつに買取方を申し入れた結果、同土地は太平洋戦争末期に強制疎開地に指定されるまで同女及び原告の父石左エ門が住んでいた所でもあるので原告先代名義で本件土地五〇坪を坪当り千八百円の割合で買い受けることになつたことがそれぞれ認定でき、被告本人尋問の結果及び成立に争いない乙第五号証もこれを覆すに足りず他に右認定を左右する証拠はない。(ただし原告本人尋問の結果中、甲第五号証の一を援用し、原告側では被告先代と東京都との間の本件土地の賃貸借契約が終了する日付を事前には知り得なかつた旨の供述部分は、乙第一号証及び証人増田清澄の第一の証言に照らし措信できない。)

右認定の事実とりわけ被告先代が原告先代の優先賃借の申入を拒絶した日時及び柴田嘉十郎が一五坪を借地し建築許可申請書を提出した日時を考慮すれば、原被告各先代間で本件土地を買い受ける旨の話合がまとまつたのは、早くとも昭和二三年六月頃のことと認めるのが妥当であり、(証人増田は売買契約が成立したのは昭和二三年六月頃かと思うと述べている)したがつて売買代金のうち授受があつたことに争いない金二万円も同じく昭和二三年六月頃原告先代から被告先代へ支払われたものと認められる。以上の各認定を覆すに足るだけの証拠はなく、右契約を売買の予約と解すべき格別の事情も窺うことができない。

このような契約の成立を証する書面である甲第三、四号証の各日付を前述のように遡及させてある理由は、前顕乙第一号、証証人増田清澄の各証言と原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、当時本件土地上に第三者がバラツクを建築居住していたので更地にすることに相当の困難が予想されたため敷地優先賃借の申出をなし得ると考えられていた原告先代がこれらバラツクの建築される前に本件土地を買い取つたかのような外観を作り出す意図からであつたものと推認される。(これを覆すだけの証拠はない。)

(被告先代の所有権)

被告先代は昭和二二年四月二四日被告に家督を譲り隠居していることは当事者間に争いがないところであるけれどもこれに基いて被告が本件土地の所有権に関し相続登記を了えたのは本件売買成立後の昭和三〇年九月五日であることは被告の自白するところであるから民法第一七七条に照らし被告は先代の隠居による所有権の移転をもつて原告に対抗できない筋合である。而して弁論の全趣旨を斟酌すれば原告の主張には黙示的に被告先代から買い受けた旨の主張を包含するものと解せられるからこれにより被告との関係でも有効に所有権移転の効果を生じたものと解するのが相当である。

(事情変更に因る解除権の存否)

訂正前の請求原因に対する被告の答弁のうち事情変更に因る解除の主張は請求原因の訂正後も維持するものと認められるのでこれにつき判断するに、本件売買契約の締結当時、本件土地上に第三者の所有するバラツク若干が存在していたことは前示認定のとおりであつたので売買契約に際しては内金二万円のみを支払い、残金七万円は売主側の費用と責任で右バラツクを撤去し更地としたうえで、移転登記をなすのと引換に支払う約束であつたことが証人増田清澄の第一、二回の尋問の結果の一部及び成立に争いない甲第五号証の一を総合して認定でき、これを覆すに足る証拠はない。そうすると本件土地上のバラツクを撤去し更地にし何時でも移転登記に応じ得る状態にしておくべき被告の義務は残代金の支払に先立ちいわゆる先履行の関係にあるものと解されるところこれが履行された形跡はなく(その旨の主張もない)から被告は右契約上の義務を遅滞しているものと認むべきであるが、このように債務者が履行遅滞に陥つている場合にはその間に契約締結の基礎となつた事情に変動が生じたからといつて信義則を適用しいわゆる事情変更による解除権を肯認すべきものではないと考えられるのみならず、本件売買契約当時は物価全般がインフレーシヨン下にあつて騰貴の傾向にあつたことは公知の事実であつて本件当事者の当然予測し得た事情であること(但し近年の東京都内及びその近辺の地価の異常な高騰は昭和二三年当時予測できなかつたとは推測されるけれども、これとて被告の遅滞中に生じた事情であること)を考慮すれば被告の解除の主張は失当である。(被告の右主張を肯認すべき証拠はない。)

(結論)

原告が昭和二七年一〇月一八日先代石左エ門の死亡に因り本件売買契約上の買主の地位を単独相続により承継したことは成立に争いない甲第八号証、第九号証の一ないし五によりまた本件土地が原告主張のように分筆されていることは成立に争いない甲第一、二号証により、それぞれ明らかであり、また残代金七万円を供託済であることは被告の自白するところである。

以上の各事実を要約すれば被告は原告に対し請求の趣旨記載の両土地を合筆のうえ表間口六間、奥行北側八間、同南側一二間半(別紙図面参照)の範囲で宅地五〇坪につき所有権移転登記手続をなすべき義務を負うものである。よつて原告の本訴請求は正当で理由があるからこれを認容し民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 山本和敏 裁判官野口喜蔵は転任のため署名捺印できない。裁判長裁判官 石田哲一)

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